卒業の季節
無人の部屋でベッドに投げ捨てられたスマホがりん、りんと鳴る。
音に反応した持ち主の女は足早に寝室に戻ってくるとそれを手に取って内容を確かめる。
<ヤダ>
<こないで>
「もう!!!なんでよ!!!」
女は大声を上げ、スマホは再びベッドに投げ捨てられる。
すぐさま拾い直すとぶつぶつと文句を言いながらメッセージの主に電話をかける。
「なんで?なんでなの?いいじゃない!もう最後なんだから、ランドセル姿くらい見させてよ!」
「いや。だって。だって。周りの人に。なんて思われるか分かんないし。」
電話の相手は今にも泣き出しそうだ。まさか夜中に電話がかかってくるとは思わなかったのだろう。
「嫌だからね。あたし行くから。あんたわたしの事が恥ずかしいの?ねえ!そうなんでしょ。」
「ううん。違う。ごめんなさい。」
『うん』と言われる可能性も十分あると思っていた女は内心少し喜んだ。しかしそれとこれは別問題だ。心を鬼にして女は再びまくし立てる。
「でも来て欲しくないんでしょ?そんなのおかしいじゃないの!なんでわたしがそんなこと言われなきゃいけないのよ!あんたなんて産まなきゃよかったわよ!」
「ううん。ごめんなさい。でも。うん。」
「来て欲しくないっていうのは分かったわよ。泣かないでくれる?とにかくわたし行くからね。見てるだけだから安心しなさいよ!どうせあの人だってこないんでしょ?」
『泣くな』と言っている女だが、その目からは涙がボロボロと落ちている。
「あんた少しはあたしの気持ち考えたことあるの?小学校卒業すんのに、結局あたしの気持ち分かってくれたことなかったわね。とにかく、行くからね。あんたもちゃんと出なさいよ。」
「うん。ごめんなさい。わかった。」
「約束だからね。約束破ったら許さないんだからね!」
「うん。」
電話の相手はもうすっかり憔悴してしまったようだ。
「ううう。なんでなのよ。なんでそんなこと言うのよ。なんで来るななんて。何が嫌なのよ!」
「ううん。嫌じゃない。」
「そうでしょ?なんにも変なことしないわよ。あんたの記念の姿見て、終わり。わたしもう寝るから。あんたももう寝なさい。」
「はい。」
「じゃあね。」
「うん。おやすみなさい。」