ほかほかしっとり

思ったよりほかほか

パン屋の店長

「気持ちを込めて作っても美味しいパンを作れるとは限らない。」あるパン屋さんの店長が学んだ教訓がそれだった。店長は最初、志を持ってパン屋を開店した。しかし経営は簡単に行かず、紆余曲折を経てパン屋をどうにか経営していける状態まで持ってきたのだ。そののち生活もそれなりに安定し、甲斐甲斐しい妻も得て、間も無く子供も生まれた。

子育てをするにあたり、パン屋の経営で様々なことを学んだ彼は「自己流ではダメだ」と強く感じ、色々な本を読んでノウハウを得ようとした。しかし本には時々「気持ちを込めて」と書いてある。パン屋で生計を立てるにあたって「気持ちを込める」ことの無意味さを学んだ彼は、結局自己流の「気持ちを込めることを除いた」子育てをすることに決めた。

しかし子供は上手く育たず、引きこもり、顔を見せる日もどんどん減ってゆく。それに引き換えパン屋の経営は順調で、経営の上で心配なことはほとんど無くなっていた。

店長は「息子の問題は息子にある」と心のどこかで信じていたが、ある日、子育てにおいて問題があった点が「気持ちを込めること」ではなく「自己流であること」なんじゃないかと感じはじめた。自己流を排して成功したパン屋のように、子育てにおいても自己流を排すべきなのではないかと思ったのだ。

彼は「もし自己流が間違いなら、これからパン屋を自己流に方向転換しても失敗するはずだ」と思い、賭けにでた。町の素朴なパン屋さん路線からオリジナリティの強い路線に変えることによって、自分の子育てが間違っていたかどうか確かめることにしたのだ。

結果的にオリジナリティ路線は大成功し、県内でも有名なパン屋さんの地位を確固たるものにした。子育てにおいても自分は間違っていなかったと確信し、彼はこれからも絶対に「気持ちを込め」たりしないことを、密かに心に誓った。