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ほかほかしっとり

思ったよりほかほか

しかしかしかし

嫌悪感に付随する自己陶酔の正体が知りたい。厳密に言うと、知りたくはない。しかし嫌悪感には自己陶酔がある気がしてならない。まず潔癖症を変にアピールするやつは、なんかかっこつけている感じがする。手すりに触らない事なんて実際問題何1つ格好よくはないが、それを言っている本人はなぜか得意気だ。手すりなんてなくて生きていけるという表明をすることにより、手すりありで生きていく人間よりワンランク上ということになっているのだろうか。しかし自分は嫌悪感の中の自己陶酔に批判的なわけでもない。ただ単純に不思議で面白い現象だと思っている。

しかしちょっと考えた結果、嫌悪感による自己陶酔は少し子供っぽい自己陶酔のような気もしてきた。ちっちゃい男の子が女の子にベタベタされた時に「やめろよ」とか言うところに原点があるような気がしたからだ。自分も子供だったらそんな感じのリアクションをすると思うが、内心では全然やめて欲しくないこともまたハッキリと言える。しかしそう思ってみても、そういう反応をやめられる気もしない。やっぱり皆がありがたがるものを拒絶するっていうのは、なんだかかっこいい感じがしてしまうのだ。