読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ほかほかしっとり

思ったよりほかほか

似た錯覚

随想

俺は自分がいろんな錯覚をしながら生きていることにようやく気がついた。自分が錯覚をしていないという錯覚から解き放たれた。錯覚は能動的で、得てして都合がよく、一生錯覚だと思わなければ錯覚ですらない。錯覚だと言ってしまえばなんでも錯覚だと言えるが、それをあまりやりすぎると病人になる。みんなと同じくらいの錯覚にピントを合わせることが社会的な生き物には大切な能力だと思う。みんながどんな錯覚をしているのか知り、取り入れたり真似をすることで社会に溶け込めるんじゃないかと思う。

おばあちゃんの友達が新興宗教の熱心な信者になって、おばあちゃんの仕事の手伝いをしてる時も宗教の集会に頻繁に誘ってきていたらしい。おばあちゃんはその度に、「忙しくて私は行けないから、教えだけ働きながら聞かせてちょうだい」と答えたらしい。いくら聞いても納得できないから宗教には入らなかったそうだ。納得できる教えだったら入っていたのだろうか。おばあちゃんを納得させる教えは存在していたのだろうか。