今日の夢
「ほんとにここが近道なの?なんかどんどん狭くなっていくけど。」
「ああ、こんな道だったと思うよ。」
僕が運転席に座っていて、父親が後ろの席でふんぞり返っている。辺りは夕焼けのフェーズを終え、涼しげな青に染まっている。ただし涼しげなのは見た目だけで、地上は非常に暑い。僕はクーラーをガンガンにかけた状態で、見知らぬ家路を運転させられている。
「やっぱり違ったじゃん。ここどこだよ。」
「おかしいなお前。ちゃんと言ったとこで曲がったか?」
「言われた通りに運転してきたよ。なんかもう疲れて眠くなってきたわ。」
「ダメだなあこの程度で。そうだ。よし。一本やるからこれ飲んで帰れ。」
「なんだよそれ。やだよ。余計眠くなるじゃん。」
「本当にお前はダメだな。これからの為にも鍛えないとな。」
「お前が鍛えろよ。べろべろで道間違えやがってさ。」
「はははは。それはお前。そんなこと言ったらお前。身もふたもないだろ。ははは。」
酔っ払いとの会話ほど生産性のないものもないんじゃないだろうか。しかし普段理性で誤魔化してるだけで、直感だけで会話したら人間こんなもんなんじゃないだろうかとも思ったりもする。ただ僕だったらもっと理路整然と会話することは出来るとは思うが。
「俺は食わないけど。ラーメンでも食って帰るか?」
「食わないのかよ。そんなら僕も別にいらないよ。」
「なんでこんなに混んでるんだろうなあ。眩しいな。眩しくないか?」
「眩しすぎてなんか眠くなってきそうだよ。」
「ははは。飲むか?」
「いやいらないよ。」
僕の知っている大通りに無事戻ることができたが、そっちはそっちで混みまくっていた。この調子だとまだまだ帰れそうにはない。
兄
自分は子供の頃から「今、何を感じるべきなのか」ということが頭の中で問題になりがちな人間だったと思う。世に言う「物心がついた」瞬間に考えていたことがそれなんじゃないかともなんとなく思う。
たとえば我慢できるレベルで痛いことが身に起きたとき、それを外に出すことが果たして適切なのか、そして適切だった場合にそれをどう表現することが適切なのか。そういうことを考えだすと当然表現すべきだったタイミングはとっくに終わっていて、「どう表現するのが適切だったか」という問題についてはいくら考えても答えが出ることはなかった。これは誰もが通る道なのかもしれないが自分はかつてそういう子供で、「どう表現するのが適切だったか」という問題は未だに未解決だ。
しかしなにごとにも当意即妙その場で回答を出さなきゃいけないわけではない。答えを提示するまでに十分な猶予を与えられる場合もある。そういうときに自分が今まで何を基準にしてきたかというと往々にして「どう受け取るのがカッコいいか」であったと思う。
カッコいいことの基準は自分の中では最初からナチュラルに存在していた。平凡でなく、ケチでなく、知性を伴っていること。それを満たしたいることが究極の理想であったのではないかと思う。それは自然発生したものではないとも、今になると思う。おそらく人より弟や妹が多めにいることとかが関わっているのではないだろうか。今の自分がそういう基準にもう凝り固まっているというか、しがみついているということはないんじゃないかと思う。しかしこれからも究極の理想を想起したときに自分が顔を向けるのは、結局そこになってくるんだろうとも思う。
たいやき
近所のたい焼き屋のおっさんが自分は嫌いだ。細々したことが重なって嫌いになった。しかしちょっとした接点があって時々関わらないといけないし、祖母が買ってきたりするので、そのおっさんのたい焼きを食う機会も時折ある。これからもそのおっさんがその店で働いている限りちょこちょこ関わっていかないと思うと、実際問題別にそれほどではないが少し憂鬱だ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言ったもので、たい焼き屋のおっさんの人格が気に入らないとそのおっさんの作るたい焼きにも批判的な視線を送ってしまう。おっさんが来る前はお姉さんが働いていたのだが、そのお姉さんのたい焼きは何も気になることはなかった。しかしおっさんに腹が立ち出すとおっさんのたい焼きの特徴もわかってきて、腹が立ってきたのだ。
結論から言うと、おっさんのたい焼きは尻尾まで餡が入りすぎているのである。お姉さんのたい焼きに馴れ親しんだ自分としては、頭を食べた後の口直し的に尻尾を食べたいのに、おっさんのたい焼きは餡が尻尾よりなせいで尻尾で口直しはできない。しかも尻尾に餡が寄ってるせいで頭の先っちょに餡が届いてないのだ。考えてみればまあ当然なのだが、これはもう混沌である。
そういう特徴があると分かっているからといって自分は尻尾から食べたりはしたくない。パリパリの尻尾だからこそ口直しとしての役割を全うするというものだと、自分はお姉さんに教えられている。生理的にもおっさんのたい焼きよりお姉さんのたい焼きの方が食べたいので、早く戻ってきてほしいと願う。
妄想相談
「DJあおいという人がありがたがられている理由が分かりません。素性もなにもよく分からない上に、よく相談など受けているけどその回答にも私は納得がいかないことがほとんどです。けど友達はみんな一定の尊敬をしているみたいで、私は毎日モヤモヤします。もしかして私がおかしいのでしょうか?」
まず言えることは、あなたがおかしいなんてことは少しもあり得ないということです
あなたに周りと違う部分があるとすれば、周りより少し知能が高いことかもしれません
DJあおいさんの文章は基本的に根拠などのない個人の感想です
色々な経験をされてきて、色々な人を見てきたDJあおいさんの『感想』
基本的にそれが彼女のスタイルなんですよね
それはそれで誰も批判することはできないと思うのですが、問題は読み手の捉え方ですよね
それが単なる感想であるにも関わらず、あたかも客観的で普遍的な意見だと捉えてしまう
そういう部分にあなたは違和感を覚えているのではないでしょうか
意図的に根拠を載せてないのか、天然なのかは分かりません
しかしその程度の文章をありがたがってしまうのは結局、その程度の人間だということですね
あなたは間違っていません
世の中にはたくさんの質のいい文章が転がっています
これからは質の低い文章には構わず、周りに流されず
あなただけの感性をあなたの方法で磨いていってください
暑い夢
チョロQを引っ張りすぎると、どういう原理かは分からないけどカチカチと鳴り始める。大きいチョロQがあったらこんな音が鳴るだろうなというようなカチカチ音が、日常生活において時折聞こえる。音までの距離はまちまちだし、時間的な長さもまちまちだ。
果たしてこのカチカチ音は生き物によるものなんだろうか。もしそうならカチカチ音の正体は僕のことは知ってるのだろうか。雨の日でも、真夜中でも外から聞こえてくるのできっと人ではないと思いたい。人だったらさすがの僕でも怖い。
僕が本気でカチカチの正体を知りたいと思い始めたらどういうことができるだろうか。カチカチが聞こえ始めてから追いかけ出したのでは逃げてしまったりするのではないだろうか。まあそんな心配もまだ必要はない。なぜなら僕はカチカチの正体にはまださほど関心はないのだ。
近頃は本当に暑い。冷房の原理は空気を潰したり伸ばしたりする事だと聞いたことがあるが、今の時代もまだそうなのだろうか。涼しい風は僕の気持ちを非常に落ち着かせてくれるが、なかったらなかったで仕方ない。涼しい風を作り出そうなんて考えたことは現時点では一度もないのだ。
回避依存性
自分は回避依存性らしい。ネットで回避依存性というワードを見かけて気になり検索にかけたら、自分の特徴が羅列されていた。初めて見る病名を検索して「これは自分のことだ」と思ったことは何度となくあるが、これは今までで一番自分だと思う。色々な弊害が書かれていて割とボロカスに言われている心の病気らしいが、今現在自分自身は肉親くらいにしか迷惑をかけていないので世の中に対する害は少ない方なんじゃないかと思う。とはいえ自分の病名が1つ明らかになった以上は改善しようと善処しなければならないだろう。自分も回避依存性の端くれなので「治したところで誰になるというのだ。自分が形作ってきた自己の呼称や特徴や弊害が白日の下に晒されたところで、世のため人のためにそれを変容させる義務なんてない」とでも言いたいところだが、それは回避依存性の中でも最弱の思考回路ではないだろうかと思う。
回避依存性とわかった上で回避依存性っぽいことを言うのと知らずに言うのでは意味が違う。これからは回避依存性然とした思考回路に1つ回避依存性という名前の検問ができたのだ。回避依存性の回避方法の1つに「複雑に考えすぎるな」というやつがあったが、これからしばらくは必然的に1つ多めに考えなくてはならなくなってしまったわけであり、回避依存性という言葉を知ったことによって自分の回避依存性は一段階ひどくなってしまったわけである。
それを踏まえるとやはり回避依存性を否定するのは最弱だろう。複雑なプロセスがせっかく追加されたのに、それを無視してしまっている。それだったら肯定し、改善を表明した方がベターなんじゃないだろうか。したがって自分は回避依存性として、回避依存性の改善を心がけようと思うに至った。
ゆめ日記
こんなに俺って汗かきだったっけ。屋内なのに汗が止まらない。空調が効いてないというわけでもなさそうだ。みんなはすました表情をしている。
屋内でこんなに汗をかいているのは絶対におかしい。外ならまだしっくり来るだろうから、早く外に出たいのだけれどなかなか外に出ることができない。この建物のややこしさが、俺の発汗をなおさら促進する。とはいえタオルは持っていてよかった。拭き取り続ける形にはなるけど、垂れ流すよりはマシなんじゃないかな。それにしてもどうやったら外に出れるのだろうか。ここ多分一階ですらないぞ。
汗だくで展望スペースを通り抜け、汗だくで展望スペースの受付を通り抜け、汗だくで廊下を通り抜け、汗だくでゲームセンターを通り抜けたが、一向に階下に降りれそうな雰囲気はない。単純に迷ってはいるのだが、しかしここはさっきも通ったような気さえする。
ゲームセンターのフロントを通り抜けようとしたとき、中学の知り合いの女の子とすれ違った。同じクラブに入っていたので、一応会釈だけして通り抜けようとしたのだが、止められた。
「どうしたの?すごい汗だね。」
彼女は笑いながら、俺の頰の汗を手で拭った。彼女の右手はべちょべちょになっている。
人智を超えた事が目の前で起きたせいで俺の頭は一瞬混乱し、機能停止に陥ったが、俺は本能でもって「大丈夫!またね!」とだけ言ってゲームセンターから外に出た。ここは空調が本当に効いているのだろうか。俺の体はどうしてしまっているんだ。