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ほかほかしっとり

思ったよりほかほか

今日外に出たら雲ひとつなく晴れていて、自分は「バカみたいに晴れているな」と思った。「バカみたい」というのは甚だしいという意味ではなく、空に対して知性の足りない印象を受けたのである。ということは自分にとって空の知性とは雲なのだろうか。そんなことを考えはじめると、小学生の頃のことを思い出した。

小学生の低学年の時、国語の授業の宿題で「詩を書いてこい」という無茶なものがあった。詩のことなんて考えたこともなかったので、自分のイメージする詩人になったつもりで書いて提出した。その時のモチーフが雲だったのだ。内容については一切覚えていないけど、先生にはなかなか好評だった気がする。

知識にはパッと思いつくかぎりで生きる為の知識と生きるモチベーションを保つ為の知識があると思う。詩は後者であって、そのことを考えた時に自然に出てきたモチーフが雲だったということは、象徴としての雲は自分の中では後者なんだと思う。ひょっとしたら晴れは前者なのかもしれない。その上で自分にとっては、後者の方が知識として上位のものという印象があるみたいだ。今日のように晴れてる日は呆れて何もする気が湧いてこない。

完全な日記

今日は休みで暇だったので、買っただけで満足していたスタニスワフ・レムの『完全な真空』をちょっとだけ読んだ。完全な真空は「中身が本当になんにもない」という意味合いらしい。内容を見てみると、確かにそういう感じもする。本の中身はすべて、本当は存在しない架空の本の書評で埋め尽くされているのだ。レムさんは完全な真空を完全な真空だと思って出版したのかもしれないけど、自分は楽しく読ませてもらって休日をいつもよりは有効に使えた感じがしている。題名に込められた意味的には、買っただけで放置されていた1、2ヶ月の間が本当に完全な真空だったのだが、本当の完全な真空だったということは読んでから気付いた。今ではもう自分にとっては楽しいアイデアが詰まった本にしか見えないし、これから書く日記の文体にも影響を及ぼすかもしれない。自分は文章の書き方を特に教わったり勉強したわけではないので、すぐ影響を受けてしまうのだ。

まだ完全な真空を読み終わってもいないのだけど、次はグレッグ・イーガン順列都市を読もうと思っている。順列都市は弟に貸しているので、弟が読み終わる前に完全な真空もちょっとずつ終わらせないといけない、

未来のインターネット

なんで人類は知識を全部共有しないんだろう。リアルに考えれば色々な理由が思いつくけど、抜本的に考えるとそういうところが人間はバカだと思う。同じ種族で全ての知識を体系化して分かりやすく共有している宇宙人がいたとしたら、学校とかいうのにお金を払って通って知識を授かっている人間はバカみたいに見えると思う。

今でもネットや図書館に行って調べたりすればある程度のことは詳しく知ることができると思う。しかし専門的になればなるほどその資料は分かりにくくなり、そもそもの文献の数も減っていく。とても気軽に調べられるものではないし、一時の好奇心を満たすには時間がかかりすぎる。

今これだけネットが普及しているんだから、人類が全人類のためを考えて全ての知識をデータベース化すれば、人類の賢さは自分が考えている以上に底上げされるんじゃないかと思う。税金がそういうことに使われるとしたら、反対する人もいないんじゃないかと思う。

でもひょっとしたらネット上の情報は今はまだまだ過渡期で、何年かしたらどんどん質が高く密度も濃くなっていったりするのだろうか。専門的な知識が分かりやすく、好奇心が好奇心を呼び覚ますようなネット世界が広がる時代がくるのだろうか。もし数年後にそういう時代がきているのだとしたら、今はそんなネット世界が想像できないほど未発達で粗悪なネットの世界なんだろうと思う。

創価学会

今日俺は友達の家に遊ぶために彼の暮らす団地へやってきた。彼は海外から引っ越してきたのだが、この団地には友達がたくさんいるらしい。小学校の頃転校してきたんだけど、中学校で新しく知り合った人たちの中にも知り合いが何人かいるらしかった。ある時「どこで知り合ったの?」と聞いたときにははぐらかされたので、俺は病院かなんかで知り合ったんじゃないかと思っている。心のケア的な病院で知り合ったからきっと後ろめたいんじゃないだろうか。別にそんなこと気にしなければいいのに。そんなことを気にするようだから心の病院なんかに通わなきゃならないんだよ。

彼の家に上がらせてもらった。最初は彼も拒んでいた気がするが、今はほとんど自由に出入りさせてもらえる。彼のお母さんは何かの宗教の熱心な信者らしいが、まあ外人ってたいていそうなんじゃないだろうか。たまに何時間も二階で念仏みたいなのを唱えているけど、外人にも色々悩みはあるのだろうから仕方ないことなんじゃないだろうか。1ミリも共感はできないけど、不気味だとか怖いとか俺は別に思わない。現に彼の家で居合わせても、彼のお母さんはいつもいい人だ。

彼の家の居間に上がると、すでに他の友達が来ていた。学校での関係性を見るとこの2人が仲良しというのは意外だが、いつも外では「学校での自分たちなんて関係ない」という雰囲気で遊んでいる。そういうのは俺はいいことなんじゃないかと思う。

外国から来たのにこんなに自分なりに周りと溶け込む彼はすごいと、俺は一目置いている。対人関係においては俺も参考にしたいと思っている。学校での自分なんてある条件下における自分でしかないのだ。こうして外の世界では、自分の世界を作っていくことができるのだ。

アンパン

今日は寝坊した。

自分は休憩の時のお茶の道具も運搬する係なので、急いで仕事場に持って行ったのだけど、だれもいなかった。自分は仕方なくお茶の道具を持って家に帰った。

ばあちゃんが用意したお茶道具のセットの中身を見ると、アンパンがたくさん入っていた。自分は「これをばあちゃんに返すのは申し訳ない」と思った。

アンパンは午後に持って行こうと思った。しかし仕事はじまる少し後の時間に弟を送り出さなければならなくなって、自分はまた仕事に遅れることになった。

お昼のときに帰ってきた親は何もしゃべっていなかった。

弟を送り、車で家に帰ると、助手席にたくさんのアンパンや魔法瓶だけがあった。俺は仕事場がどこか分からなかったが、勘で行こうと思った。

しかし自分はすごく嫌な感じがしていた。

なんでこんな感じで、ここで何をやっているんだろう。行かなくてもだれも何も言わないんじゃないだろうか。パンも作業も放棄して家で寝ようか。

10分近くも逡巡していたが、結局自分はアンパンを携えて仕事場に行った。

大学のある京都へ向かう弟に対して咄嗟にアンパンを1つあげていたが、それでもアンパンは2つ余っていた。

おとといの夢

親戚の女の子は何かの病気らしい。確かに色白で病弱そうな風貌だが、しゃべれば元気だし、辛そうな表情をしているところなんかも見たことがない。

俺はその女の子の世話をよく任される。女の子の言うことを基本的に聞くから女の子に割と気に入られていることが理由だと思う。あとこれは俺の勝手な予想だが、俺が一切彼女に同情していないのことも彼女的には楽なんじゃないだろうか。でも俺は周りが気を使いすぎだと逆に思う。何も知らずにこの女の子を見て、可哀想だなんて思うだろうか?こいつがなんの病気かは知らないけど、いつもボーッとしているじゃないか。

今日も俺は女の子に頼まれて森の中みたいな道をドライブしている。家にいると辛いけど、風を浴びていると楽なんだそうだ。家でじっとしていると熱い妖精がどんどん集まってきて体にまとわりついてきて、熱帯夜みたいな居心地の悪さが続くらしい。車に乗って森林浴をすれば、熱い妖精も風で飛んで行って、ヒンヤリ気持ちいいとのことだ。

俺はそんな話を聞いていて、どう解釈したらいいかよくわからないが、まあホントにそんな状態なのだとしたら嫌だろうなとは思う。車に乗せて窓から入って来る風を顔で受けているだけでいいなら、俺は運転するだけだし別に断る理由もない。

ドライブの折り返し地点もすぎて帰路につきはじめたとき、後部座席が静かなことに気付いた。後ろを見ると寝てしまったようだ。もう風を浴びなくてもいいのだろうか。せっかくこれからまだまだ浴びられるのに。

熟睡しているので彼女を抱えて両親のところへ預けて俺もその日は帰ったのだけど、翌日聞いたらどうやら俺の車の中で息を引き取っていたらしい。まだ若いのにあんな感じで死ぬなんて、人間っていうのは俺が思っていた何倍も不思議な生き物なんだな。と、俺は思った。それと同時に少し優しく甘やかしすぎたなと、彼女にしてやられた感じがして、俺は少し悔しかった。

夜の街でやること

子供の頃、夜に車であまり馴染みのない街を通るとワクワクした。四階建てくらいのビルがたくさん並んでいるだけで異郷の地の感じがするのに、しかも夜となると異世界の感が強かったからだ。たとえばそんな街中で気軽に外に出たりしたら、どこからともなく集まったマフィアみたいな人たちに囲まれてピンチになるんじゃないかって何割かは本気で思っていたし、高い鉄塔やビルの上で赤いランプが点滅したりしているのを見かけると「自分には想像もつかない意味があって、何かと何かが交信しているんじゃないだろう。」と想像を掻き立てられた。

当たり前のような気もするが、今ではそんなことは一切思わなくなってしまった。夜の街で車から降りてみても、誰か来るとしたら職務質問だろうし、ランプの点滅の意味は知らないけど勝手に「大した意味なんてないだろうな」なんて思ってしまう。

しかしそれは感性を失ったわけではなく、成長して夜の街から受ける印象と現実が切り離せたということなんじゃないだろうかとも思う。本気で思うことはなくなったが、いまだに自分の中のマフィアが襲って来るとすれば時間は夜だし、秘密の交信も夜にしかできないことだからだ。